値下げせずに競合に勝つには?戦場と武器は自ら選べ!

From: ダイレクトマーケティングラボ

2019年05月14日 00:00

この記事に書いてあること

「マーケティングは大切と言うけど、何から手をつければいいんだろう?」そんな疑問にダイレクトマーケティングのプロがお応え。世の中の販促マーケティングの実例から重要なポイントを分析し、明日から使える実践的ノウハウとしてわかりやすくご紹介します!

とはいえ、「それ結局どうやるの?」と言いたくなるのも事実です。今回はその素朴な問いについて事例を元に考えます。

今回取り上げる事例は、ガトーショコラのみで年商3億円まで成長した「ケンズカフェ東京(以下ケンズカフェ)」と、チョコレートを豆から製造する、Bean to Barというジャンルで起業し、この数年で知名度を急激に上げている「Minimal」です。

両社とも、規模は小さいですが、自社が戦う市場と何を武器に戦うのかを考え抜いている、という点で多くの示唆を与えてくれます。

「顧客がなぜ自社商品を買うのか」説明できますか?

ケンズカフェは、ガトーショコラのテイクアウト専門店として新宿御苑近くで営業しています。
http://www.kenscafe.jp

ご存じの方や、もしかすると食べたことがある方もいらっしゃるかもしれません。ここではケンズカフェのいくつかのエピソードを3つの視点で分析してみたいと思います。

視点1:自社商品やサービスに対する顧客のニーズを知る

ケンズカフェの店主である氏家健治氏の著書「1つ3,000円のガトーショコラが飛ぶように売れるわけ」によると、

「ガトーショコラは当初、コース料理のデザートとしてレストランの常連さんの話題となりましたが、そのうちお客様から「美味しいから、うちに持って帰りたい」というお持ち帰りのニーズが出てきました。美味しいと喜んでくださるのは料理人として嬉しいのですが、お持ち帰りのニーズは想定外でしたし、正直戸惑いもありました。ですから最初のうちは、丁重にお断りしていました。」

との事です。なんと、最初は現在のビジネスモデルであるテイクアウトを「断っていた」のです。

売り手側こそが「この商品はこういうやり方で売るもの」、「こうして使うもの」という思い込みから、ビジネスチャンスを逃しているのだとしたら、それは非常にもったいない話ですよね。

顧客は自社の商品やサービスの何を評価しているのか、それは自分が意識している「提供価値=ウリ」と合致しているのかを確認するために、各従業員が拾った顧客の声を定期的に集約して社内共有する、顧客アンケートを取る、など行うと良いでしょう。

顧客のニーズに耳を傾けることで、見逃していたビジネスチャンスを発見!

視点2:顧客のニーズによりストレートに応える

自社が提供する商品ラインナップやサービスの中で最も評価が高いもの=もっとお金を払ってでも提供して欲しいと感じてもらえそうなものが明確になったら、それをより顧客が望む形、望むタイミングで提供するにはどうしたら良いか考えます。
こうして、売上貢献もさることながら、「利益率を改善」してくれそうな武器に磨くのです。

同じく以下引用すると、

「ガトーショコラのお持ち帰りが増えてきたとき、ぐるなびのケンズカフェのページに、「好評のガトーショコラ、お持ち帰りできます」という一文を載せることにしました。(中略)そうこうするうちに「実家の母に送ってあげたいのですが、地方配送はできますか?という問い合わせも出て来ました。(中略)これが全国配送のはじまりです。」

と、あります。この全国配送の仕組みはオンライン通販に発展し、ガトーショコラで年商1億円を突破する原動力となります。

この後のいくつかのエピソードもそうですが、筆者が素晴らしいと感じるのは店主の氏家氏の実行スピード、思い切りの良さです。マーケティングの取り組みには試行錯誤が付き物です。スピードが速ければ、この試行錯誤の経験値がどんどん蓄積され、速さだけではなく判断の的確さもレベルアップして行きます。

視点3:顧客のニーズを深掘りする

ケンズカフェはガトーショコラを本格的に看板商品として売ることにした際、短期的に数回の値上げをしています。

これにはいくつかの理由がありますが、ここでは「手土産としてのニーズに着目した」点を挙げたいと思います。自分が食べて楽しむために買う、というそれまでのニーズと、手土産のニーズは全く異なるニーズです。

自分で食べるなら1,000円から2,000円の価格帯でも割高感を感じるかもしれませんが、手土産となれば3,000円でもお手頃価格ですし、本来持っている高級感を更に強力にアピール出来ます。

同種の商品、サービスでも使いみち=顧客ニーズが変われば、違う価格帯で勝負できる、という例はこの手土産以外にも、ありそうですね。

顧客ニーズが変われば、同じ商品でも違う価格帯で勝負できる

関連リンク

ニーズとは何か?
【欲しいの心理学】ハロー効果

ウリを尖らせられる商品に一点集中する

ここでは、ケンズカフェがガトーショコラに専念するようになったプロセスといくつかの他の会社の事例から、自社のウリを尖らせる重要性について考えてみたいと思います。

視点1:自社が戦う市場の未来を考える

自社が戦う市場に今後の成長の余地はあるのか、自社が現在「市場」と認識している世界の外に、自社の強みをより活かせる別の市場は無いのか考えることは、多くのマーケターが一度は直面する課題です。

そもそもケンズカフェはイタリアンのカジュアルレストランとしてスタートしています。しかしガトーショコラの売上が伸びるにつれ、ランチと喫茶から撤退し、そして最後に残っていた夜の宴会からも撤退します。つまり「レストランではなくなった」のです

これは、ガトーショコラの提供価値を磨き、値上げをした上でガトーショコラの販売に専念した方が、レストランとしての営業よりも顧客の支持を受け、今後も生き残っていけると判断したからと言えますが、この話とそっくり同じことをした世界的大企業があります

それはIBMです。IBMはかつて世界一のPCメーカーでした。しかし、IBMは日本にもファンが大勢いた「ThinkPad」ブランドをあっさりLenovoに売却して、「PCメーカーではなくなり」ました。IBMにとってのガトーショコラは「業務ソリューションサービス」でしたが、それが大正解であった事は皆が頷くでしょう。

視点2:自社の強みをもっとも発揮できる市場を選ぶ

これは、マーケティングでは「STP分析」と呼ばれるプロセスですが、マーケティングを考える際に最も重要な活動の一つです。

ここでも象徴的なケンズカフェのエピソードを一つ紹介すると、もう一つの著作「余計なことはやめなさい!:ガトーショコラだけで年商3億円を実現するシェフのスゴイやり方」に当時の売上の7割を占めていた通販をやめた事情が載っていますので以下引用します。

「2015年にはネット通販もやめてしまいました。(中略)ネット通販はガトーショコラの売上の7割を占めていた最重要部門、メインの販売チャネルです。(中略)理由はトラブルが多く、非効率だったからです。通販にはクレームがつきもの。」

売上の7割を占めているチャネルを閉じる、というのは本当に大胆な決断だと思いますよね。しかし、このことでかえって売上が伸びます。

「百貨店の小売部門から扱いたいというオファーも相次ぎました。(中略)簡単に手に入らないものには価値があるのだと痛感しました。通販を続けていたら、そこまで「ありがたみ」は感じていただけなかったと思います。」

このエピソードからは、また「価値」というキーワードが浮かび上がります。手土産や自分に対するご褒美的な消費なら、簡単に手に入らないことがかえって価値を生みます。そしてその希少価値は、もともと高級感や限定感をアピールしたい百貨店の商売にぴったりです。

元通販企業でマーケティングをしていた筆者からすると、内心複雑な話なのですが、通販でも例えば化粧会社は一定の規模になると百貨店への出店を目指すことが多いことを考えると、大いにこの判断が頷けるのです。

希少価値を高めるために、販売チャネルを選別してウリを尖らせる

視点3:選んだ市場で差別化=自社のウリを尖らせる武器を選択する

ガトーショコラとチョコレートつながりというわけではありませんが、近年注目されつつあるチョコレートの市場に、カカオ豆からチョコレートバーになるまで一貫製造する「Bean to Bar」というジャンルがあります

このいかにもハンドメイド&プレミアム感のある響き通り、このジャンルのチョコレートは価格帯としては最上級クラスで、大手の明治も「The Chocolate」というブランド専用サイトまで立ち上げて販売しています。

https://www.meiji.co.jp/sweets/chocolate/the-chocolate/

この従来の板チョコの10倍以上の値段で売られているBean to Bar市場に挑戦し、先日のバレンタイデー商戦でも各メディアに紹介され始めているのが「Minimal」です。

https://mini-mal.tokyo/

この会社は、設立は2014年、従業員もアルバイトを含めて数十人しかいないベンチャー企業ですが、オンラインショップに加え、富ヶ谷、銀座、白金高輪、東武池袋に店舗を構えています。

以下、少しホームページから引用します。

「思えば、カカオ豆とは「南国果実のタネ」です。見たことのないフルーティなチョコレートは、今までの固定概念を大きく揺さぶり、未知なる美味しさへの好奇心を強く刺激しました。

これが、Bean to Bar(ビーン・トゥ・バー)と呼ばれる、新しいチョコレートとの運命的な出会いでした。」

とあります。また、ブランドストーリーのページにも、

「チョコレートは、フルーツでした」

というキャッチコピーがあり、非常にベタですが筆者は「千疋屋のフルーツ」を思い浮かべました。有名なメロン始め、1万円以上の値付けがされていても、顧客はその品質とブランドイメージに価値を認め、喜んでお金を払います。

同じように、Minimalのチョコレートは、千疋屋で果物を買うのと同じ動機:大事な人に贈る、とっておきの日を祝う、がんばった自分へのご褒美、といった時にチョコレートを買う顧客のいる市場を狙い、成功しつつあるのです。

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あえて価格を上げることで戦う土俵を変える

数百円のガトーショコラやチョコレートと、数千円のガトーショコラやチョコレートでは、戦う土俵が全く違います。ここでは価格の視点でこれまでの議論を整理します。

視点1:価格だけを評価している既存顧客と別れる覚悟をする

自社の強みを十分発揮できる市場で、ウリとなる商品やサービスを見定めたら、それを「より高く売る(より安くではない!)」方法を考えます。

これは、原価をベースに儲けを何割か乗せて価格設定する、という値付け理論とは全く違う考え方です。この商品の提供する価値は「○○○円に相当する」という判断と、それを評価する顧客層の想定が先にあります。この際、価格だけで評価していた既存顧客が離れる危険性も高いですが、必要な決断と言えます。

例えば、トヨタが大好評だった「セルシオ」をレクサスブランド化して、全く従来のトヨタ車とは違う価格帯で勝負するようになったのは、ヨーロッパの高級車のように価値ベースの価格設定に切り替えたかったからだと思いますが、今ではかつてのセルシオに該当するモデルの車は新車価格で1千万円のゾーンに突入しています。

筆者には、ケンズカフェが、従来の顧客が離れるリスクを覚悟の上で、ガトーショコラを自分が日常的に食べるスイーツから、贈答用の手土産に「再定義」したのは、このセルシオからレクサスへの変化と同じように見えます。

視点2:値上げして得た利益を原資に更に商品やサービスを磨き上げる

価格競争から逃れることで得られる最大のメリットは、さらなる品質向上に使える利益を確保できることです。競合各社も様々な工夫で競争に勝ち残ろうとしていますから、より高い品質の商品やサービスを常に開発し、アピールし続けていなければ、いずれ追いつかれます。

ケンズカフェやMinimalのホームページを見ていると、品質の維持向上に向けた並々ならぬ努力が伝わって来ます。こういった取り組みやその広報活動が継続的に出来るのも、薄利多売で経営者やスタッフが時間とお金に追いまくられていないからと言えるでしょう。

ケンズカフェ東京:ガトーショコラの特徴
https://kenscafe.jp/product/

Minimal:BRAND STORY
https://mini-mal.tokyo/pages/story

値上げして得た利益をブランド向上のために投資して、より高い利益確保を目指す

視点3:常に新規顧客の開拓にエネルギーを注ぐ

仮に自分が有利に戦える戦場を選び、武器を磨き続けた結果、ファン化した顧客からのリピート売上が増えていったとしても、これを怠ったら遠からずしっぺ返しをくらう、というものがあります。それが「新規顧客獲得」です。

ケンズカフェもその重要性を強く認識しており、ホームページの活用を以下のように強調しています。

「プロにお金を払ってでも魅力的なホームページを開設するべきです。(中略)SEO対策用のキーワードを管理画面上にばんばん設定していました。キーワードを設定するときに大事なのは、利用者の視点で考えることです。(中略)「新宿 ロケ地 無料」というキーワードを入れたこともあります(この施策で、世界的人気アーティストのきゃりーぱみゅぱみゅ様が来店されました)。」

インスタグラムやYouTubeなどでの発言が大きな話題となったり、数多くのフォロワーを抱え強い影響力を持つ「インフルエンサー」と呼ばれる人たちと接点を作り口コミ伝播の恩恵を受けるためにも、こういったホームページへの注力は見習いたいものです。

どんなに流行っている店も常連のみに頼っていると、いずれ先細りになります。ダイレクトマーケティングでは「顧客リストが痩せる」、という言い方で新規顧客獲得の重要性が強調されていますが、これは最後にとりわけ重要な考え方としてお伝えしておきたいことです。

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SEOの基礎知識と具体的施策

まとめ

「選択と集中」という言葉が以前流行りましたが、企業にとって限られた経営資源(ヒト、モノ、カネ)をどの商品やサービスに集約するのかは、死活問題です。

今回の事例は、自社を一発で認識してもらえるような商品やサービスの尖らせ方とその伝え方など、マーケティング手法そのものも参考になりますが、自社が十分収益を確保し、商品力やサービス力を継続的に磨くことのできる「価格」を先に決め、その価格帯でもお金を出す顧客の満足度を高める知恵を絞る、というアプローチも大いに参考になるはずです。

ぜひ一度、自社の商品やサービスの提供価値を、「より高く売るには」という視点で見つめ直して頂ければ、と思います。

日本ダイレクトマーケティング学会本部理事(事務局長)

岩井信也

(株)ブラックス 取締役
(株)日本能率協会マネジメントセンター パートナーコンサルタント

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https://www.ricoh.co.jp/magazines/direct-marketing/column/u00008/

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